もう随分前に他界した母親が勤めていたときに使っていた万年筆が出てきた。1950年代のものだと思う。
母は、軍部で事務の仕事をして働いていたが、戦後すぐ内務省が解体されると、役所に再就職を斡旋されたと子供のころ聞いた。ただ、詳しいことは今となっては知る由もない。
これはその職場で使っていたものであろう。戦後を生き抜いてきたこの万年筆と母の姿が重なり、何とかもう一度使えるようにしてみたいと思った。
調べてみると、この万年筆はPilotのスーパーシリーズの恐らくスーパー80で、そんなに上等なものではなかろう。バレルの中をみてみるとテコ式のインクタンクがついている。先っちょのオレンジのノブを倒すと中のゴム製のインクタンクが圧縮されて戻すときにインクを吸い込む仕組みである。
最初は、このノブが固くて動かなかったため、どうやってインクを吸うのかわからなかったが、触っているうちに仕組みの見当がついた。しかし、ノブを倒してみても、手ごたえは無くスカスカである。金属部分を引っこ抜いてみると、中から黒い残骸がボロボロと出てきた。恐らくゴム製のインクタンクがあったのだろうが、風化したに違いない。
こんなに古い万年筆の部品なんて売っているのか、はなはだ疑問であったが、ネットオークションでそれらしきものを発見した。いろいろな径のタンクがあるようである。ノギスで万年筆のゴムタンクが被さるところの径を測ってみたところ、6.3 mmであった。
上図はインクタンクを装着した後である。長さは適当に切って調節した。接続部には本来、何らかの接着剤が必要と思われるが、私はそのまま差し込んだだけである。金属の筒が被さるので抜ける心配はなさそうだ。
インクを吸わせる前に、お湯にペン先を付けてしばらく放置しておいた。その後、インクボトルにペンをいれ、ノブを操作すると、何の問題もなくインクが吸い込まれ、筆記もできることがわかった。
書き心地は、私が普段使っている14Kの万年筆に比べてペン先が細い分、硬く感じた。しかし、筆圧に応じて適度にしなるので、太さの強弱は付けやすい。
私は毎日、当用日記をつけている。今使っているのは博文館の三年連用当用日記である。一日のスペースが小さいので、書く内容を吟味する必要がある。昨年のことを振り返りながらペンを走らせるのが日課となっている。
気分に応じて万年筆を数本使い分けているが、今後はこの古いスーパー80が仲間に入ることになりそうである。この年になって、母の形見の万年筆で日記をしたためるのも感慨深いものである。